6月1日に感じたこと。「現実と、夢の間にあるもの」

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6月1日に感じたこと。「現実と、夢の間にあるもの」

 

 

海沿いの西向きに建つ小さな家。

 

 

春も終わりに近づきだんだんと夕焼けが窓から直接差し込むようになってきた熱い。全力で輝く太陽は夕暮れ時でも暑い。季節はまだ6月。これからの季節の西向きは暑い。暑いが海に沈む夕陽をベランダからビールで飲みながら見れるのも年に数回しかない、暑さに悩む・・・のも一瞬、自然のとてつもない優雅さ、爽快さ、美しさに暑さを忘れて夫婦で海に沈む夕陽を見ながら「おなかすいたね。」と言って一日を終える。

 

 

6月1日に感じたこと。「現実と、夢の間にあるもの」

 

 

思えば先月の「5月1日に感じたこと。「いつもが」」を書いてからまともにブログを綴っていなかった。新作犬服の紹介と、発送日の変更しか書いていない。もともとブログに感じたこと、気になったこと、調べたことのメモを書くのは好きなのだが、5月は馬鹿かわいい愛犬が芝で馬鹿したいと何度も、何度もいうのでよく芝に行った。

 

 

そしたらあまりにも楽しく遊ぶので写真を撮ることを忘れ、遊び疲れた俺は西向きの小さな家に着くと「グビッと」ビールを空けている。こうなるともうブログの存在は忘れた。物事には優先順位があって一日の時間も決まっている。別に時間を気にして生活をしているわけではないけど、俺が時間を気にしなくても世の中が時間を気にする。もうかれこれ数年、お気に入りの腕時計をしていない。

 

 

時計は時間を知るためにしたいのではない。もともと時計は好きだが産まれてほとんどの時間を腕時計をしていない。時間を知りたければ適当な棒を探して、その棒の陰でほぼ時間はわかる。本気になれば5分程度の誤差でわかる。一日1440分あるうちの5分程度の誤差なら上出来だと思う。時計は今の時間を知るためにするのではない。

 

 

今まで生きてきた時間と、これから生きる時間を自覚するためにする。

 

 

俺の持っている時計は年々、数秒ごと誤差が出てきている。でもなにも気にならないどころかなんだか嬉しくもなる。俺が棒を立てて時間を計った誤差が5分。正確なはずの時計がいつ俺の誤差に追いつくのかそれが楽しみでもある。時間という概念はとても面白い。

 

 

時間(じかん)は、出来事や変化を認識するための基礎的な概念である。芸術、哲学、自然科学、心理学などの重要なテーマとなっている。それぞれの分野で異なった定義がなされる。

引用元:時間 – Wikipedia

 

 

時刻と時間は同じようで同じでない。時刻は「時の流れの、ある一瞬」を指す。人の一生は長くて120年ほど。人の始まりも終わりもだいたい決まっている。それでも人は時刻を気にする。

 

 

ふと寝る前に想った「あぁ俺(夫婦)の夢って最高じゃん。」現実と、夢はいつも大きな円と一緒だと想って暮らしている。出来れば夢は叶わないほうがいいが、いつも夢見たことは叶ってしまう。夢が叶うと現実が始まる。夢が叶うと、夢までの時間が愛おしくなる。

 

 

「夢は叶いませんように。」

 

 

月の初めは神社へお参りに行く。もちろん何も願わない。ただ手を合わせる。なぜ毎月神社にお参りに行くようになったのだろようか。

 

 

 

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